東京地方裁判所 平成10年(ワ)21804号 判決 1998年12月24日
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
一 当事者双方の申立て
1 原告
被告は、原告に対し、金一一八万九七五六円及びこれに対する平成一〇年九月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 被告
請求棄却
二 事案の概要
1 本件は、和解調書正本に基づいて債務者の期限未到来の定期預金を差し押さえた原告が、取立権に基づいて、第三債務者である被告銀行に対し、当該定期預金契約を期限前に解約したと主張して、預金額の支払を求める事案である。
原告は、商慣習の存在等を援用して、銀行は定期預金契約の期限前解約に応ずべき義務があるとするが、被告は、銀行にはそのような義務はなく、期限経過後に預金額を支払えば足りると反論する。
右義務の存否に関する解釈問題が本件の争点である。
2 基本的事実関係
(一) 原告は、不動産の鑑定評価等を業とする株式会社である。
(二) 原告と梅若善政との間で、平成九年一二月八日、訴訟上の和解が成立した(東京地方裁判所平成九年(ワ)第一九一三七号)。当該和解調書には、梅若は原告に対し、不動産鑑定料一六四万八〇〇〇円及びこれに対する平成七年八月三〇日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払義務あることを認め、平成一〇年六月三〇日限り、その内金一五〇万円を支払う旨の記載がある(甲四号証)。
(三) 原告は、右和解調書正本に基づいて、債務者梅若の第三債務者である被告銀行(東中野支店扱)に対する預金債権(差押の順位として、定期預金を第一順位、普通預金を第六順位とした。)一五〇万円を差し押さえるべき旨の申立てをしたところ(東京地裁平成一〇年(ル)第六三三六号)、平成一〇年七月二九日、右申立てに沿う債権差押命令が発せられ、右差押命令は、同月三〇日、被告銀行に送達された(甲二号証、三号証)。
そこで、原告は、平成一〇年九月一七日到達の内容証明郵便で被告に対し、本件定期預金契約を解約する旨の意思表示をした(争いない)。
(四) 被告(東中野支店長)は、平成一〇年八月一一日付の陳述書で、東京地方裁判所に対し、差押に係る定期預金として一一八万九七五六円(満期日・平成一一年六月一三日、以下「本件定期預金」という。)、普通預金として三一万〇二四四円があることを認め、期日未到来の本件定期預金については満期日以降に支払う、と回答した(甲一号証)。
(五) 原告は、平成一〇年九月二五日、本訴を提起した。
3 争点に関する当事者の主張
(一) 原告
原告は、次の理由により、本件定期預金の期限前解約権を有するものと解されるから、被告は、原告に対し、本件定期預金一一八万九七五六円及びこれに対する前記解約日である平成一〇年九月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(1) 銀行は、日常的に定期預金の中途解約に応じており、この銀行実務に即してみれば、銀行が定期預金の中途解約に応ずべき商慣習が存在しているものというべきである。最高裁昭和四一年一〇月四日判決(民集二〇巻八号一五六五頁)は、右商慣習の存在を前提とするものと解される。
(2) 預金者は、民法六六二条により、いつでも寄託物である本件預金の返還を請求することができるものと解すべきである。
(3) 本件預金のような僅かの金額の預金の中途解約に応じないのは、権利の濫用である。
(二) 被告
原告の主張は、いずれも争う。
三 当裁判所の判断
1 前記の事実関係によれば、原告は、取立権を有する差押債権者であるから、自己の名をもって、第三債務者である被告に対し、被差押債権である本件定期預金債権の取立に必要な範囲で債務者である前記梅若が被告に対して有する一切の権利を行使することができるのはいうまでもない。
2 しかしながら、定期預金は、約定の一定期間、預金者が払戻の請求をすることができない預金として契約されるのであり、銀行は、右期間内は支払準備なしにこれを自己の運用資金として活用できる反面、預金者に対しては普通預金より高利率の利息を支払うべきものとされているのであって、このような定期預金の性質からして、預金者は、銀行に対し、期限前の中途解約による払戻金の支払を請求することはできないものと解すべきである。本件定期預金に適用される預金約款の性質を有する自由金利型定期預金(M型)(スーパー定期)変更規定3(5)(乙二号証の一ないし六)は、「当行がやむをえないものと認めてこの預金を満期日前に解約する場合には、その利息は、預入日(継続をしたときは最後の継続日)から解約日の前日までの日数について次の預入期間に応じた利率によって計算し、この預金とともに支払います。(以下、略)」と規定しているところ、この規定も、右の定期預金の法的性質を当然の前提として、銀行が「やむをえないものと認め」た場合に限って、定期預金の期限前解約に応じる趣旨と解されるのであって、他に、預金者に期限前解約権を付与する趣旨の規定は見当たらない。
3 原告は、前記のとおり、預金者の定期預金の期限前解約権を肯定すべきものと主張する。
しかし、銀行が、定期預金の中途解約に応じることが多いという事実(この事実自体は、公知の事実といえよう。)から、銀行が定期預金の中途解約に応ずべき商慣習が存在していると認めるには不十分であり(原告の援用する最高裁昭和四一年一〇月四日判決は、右商慣習の存在を前提とするものと解することはできない。)、他に、右商慣習の存在を認めるに足りる証拠は見当たらない。また、民法六六二条の規定を消費寄託の性質を有する定期預金契約に適用することはできないし(民法六六六条参照。)、本件預金の中途解約に応じないことが、権利の濫用として許されないと認めるべき証拠はない。原告の主張は、いずれも採用できない。
4 したがって、預金者に期限前解約権を肯定できない以上、差押債権者たる原告も、右権利を有しないものというべきであるから、原告の請求は、失当というべきである。
四 よって、原告の請求は、理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 田中壮太)